「日常生活の中の不都合が発想の源なんです。」
この言葉を残したのは、革新的な家電を次々と生み出していることで有名なダイソン社の創業者である、ジェームズ・ダイソン。
デザインエンジニアである彼は、”使いづらい製品“、”ブランド力に頼った製品“、”既存の商品のマネをした形ばかりの新製品“を嫌い、身の回りの製品に対し、常に疑問や不満を持ち続けていました。
その結果、生まれたのが”吸引力の変わらないただ一つの掃除機”でお馴染みのサイクロン掃除機を始めとする、数々の革新的な製品です。今年(2016年)の4月には、穴のあいたドライヤーを販売し世界を驚かせたことも記憶に新しいのではないでしょうか。
今回はそんな日常的な疑問・不満から生まれたダイソン製品を、そのイノベーション力に焦点をあててご紹介します。
従来の掃除機への不満から生まれた、サイクロン掃除機
冒頭でもご紹介したサイクロン掃除機。
ダイソンの名前を初めて世界に知らしめることとなった製品です。
従来の紙パック式の掃除機は”紙パックが満杯になったら付け替える“という手法をとっていました。しかし、”紙パックが満杯になる前から吸い込んだゴミの目詰まりにより吸引力が落ち始めてしまう“ということに気がついたダイソン氏は、そこに不満を持つようになります。
何とか吸引力の落ちない掃除機を作れないものか…そんな想いの元、彼は独自の研究を始めました。しかし、”解決したいこと“は明確でも”解決するための方法“は中々みつかりません。新たな掃除機の仕組みを探し求め悩んでいた彼は、ある日製造工場の屋根に木くずと空気を分離するためのサイクロン装置が設置してある光景を目にし、ひらめきます。”同じ要領で、掃除機も作れるはずだ”と。
その後、5年の歳月をかけ5,127台ものプロトタイプを製作し、その果てに誕生したのが”吸引力の変わらないただひとつの掃除機”の初号機となるG-Forceです。
世界初のサイクロン掃除機であるこのG-Forceは、掃除機で吸い込んだ空気を内部で旋回させ、掃除機内にサイクロンを発生させるというシステム。サイクロンによる遠心力を用いてゴミと空気を分離し、ゴミのみが集塵されるのです。
従来の掃除機のように紙パックやフィルターでゴミをこすような行程がないため、ゴミの目詰まりによる吸引力の低下を防ぐことに見事成功しました。
“身の回りにある製品”への不満を”身の回りにある光景”からヒントを得て解決したダイソン氏。その過程で、多くの人が諦めてしまうような5,127回という失敗をしても、決して彼は諦めませんでした。
空気を切って風を起こすのではなく、空気を取り込んで風に変える、羽のない扇風機
その後ダイソン氏はダイソン社を創立し、サイクロン式掃除機の改良やダイソン式手押し車、ドラム二槽式洗濯機など、時代のニーズに合わせたプロダクトの開発を続けました。
そして2009年に発売されたのが羽根のない扇風機でお馴染みのDyson Air Multiplier(エアマルチプライアー)です。
静かでエコ、そしてなにより小さな子供でも安全に使用することができると謳っているこちらのプロダクト。
仕組みは意外と単純で、胴体の部分にたくさんの穴が空いており、そこから外部の空気を取り込みます。胴体の内部には羽根とモーターが入っているので、それらを利用して空気の経路を作り出し、外部から取り込んだ空気を上のリングの部分に送りこんでいるのです。
“空気を切って風をつくる“従来の製品と異なり、”外部の空気を取り込んで風をつくる“この扇風機は、従来のモノと比べ消費電力を最大40%削減。
さらに、高品質のスピーカーや車の排気口に利用されているというヘルムホルツ式空洞というテクノロジーを用いてモーター音の大部分を本体内で吸収しているため、作動時のノイズも従来のモノより最大75%静かになりました。
「プロペラが危険」、「音がうるさい」、「電気代がかかる」という従来の扇風機への不満を、モーターと羽根、そしてヘルムホルツ式空洞という既存のプロダクトや技術を組み合わせて解決した”羽根のない扇風機”ことエアマルチプライアー。
サイクロン掃除機と同様、身の回りの製品に対して不満や疑問を持たずして誕生しなかった発明だと言えるでしょう。
その後、エアマルチプライアーに暖房機能を加えたDyson Hot + Cool™ ファンヒーター(セラミックファンヒーター)や、加湿機能を加えたDyson Hygienic Mist™(超音波式加湿器)、そして空気清浄機能を加えたDyson Pure Cool™(空気清浄器)なども開発されており、自分たちが一度世に出した製品に対しても満足することなく、新たな疑問・改善策を探し続ける同社の姿勢が伺えます。
不満を解決するために、モーターから開発を始めた穴のあいたドライヤー
そんな羽のない扇風機、エアマルチプライアーがさらに進化した製品が今年、2016年の4月に発売されました。
その名もDyson Supersonic™ ヘアードライヤーです。
1960年代からほとんど変化していないと言われているヘアードライヤーのデザイン。今でもほとんどのドライヤーがヘッド部分に大きなモーターを内蔵し、それを元に風を起こしています。
しかし、多くの人に当たり前だと思われているこのドライヤーのデザインに疑問を持つのがダイソン社です。
テクノロジーを生かし、根本から異なる仕組みのドライヤーを作ることはできないだろうか…そんな想いの元、同社は最先端の機器を揃えた世界最高クラスの毛髪研究所を開設しました。
エアマルチプライアーの仕組みを用いて、持ち手の部分にモーターと送風のための羽根を内蔵することとなったこちらのドライヤー。
その実現のためには持ち手の部分に内蔵できる小ささで、尚かつパワフルな風を送ることができるモーターが必要不可欠です。
しかし、既存のモーターでこれに当てはまるものがなかったため、103名ものエンジニアが50ヶ月(約4年間)に渡りその開発にあたり、ついに毎秒13リットルもの空気を送り出せるほどパワフルで、直径27 mm以下の小型高速デジタルモーターの開発に成功しました。そのテスト過程では総延長1,625kmにもおよぶ人毛が使用されたといいます。
エンジニアたちの努力の結晶とも言えるこちらのドライヤーは、従来のモノよりも遥かに軽く、そのスタイリッシュなデザインから多くの消費者を驚かせています。
こちらの製品もサイクロン掃除機や羽根のない扇風機と同様、”当たり前だと思われている既存の製品に疑問をもつこと“なくして生まれなかった製品であると言えるでしょう。
“不満や疑問をそのままにしない”それがダイソンのイノベーション力
サイクロン式の掃除機、羽根のない扇風機、そしてヘッド部分に空洞があるドライヤーと、常に消費者が予想できない発明を繰り返してきたダイソン社。
「どうしたらそんな発想ができるんだろう」と不思議に思ってしまうほど斬新な発明の数々ですが、その全ては冒頭のダイソン氏の言葉の通り”日常生活の中の不都合“から始まっています。
まずは”身の回りのコト、モノに対して不満や疑問を抱くこと“、そして”その不満や疑問を解決するためにどうしたら良いのか仮説を立て、それを検証し、成功するまで失敗を続けること“が世の中を騒がせる革新的な発明へと繋がることをダイソンは私たちに教えてくれます。日常生活で感じる不満についてただ不満で終わらせるのではなく、なぜ不満なのか深く考えてみる、そんな小さな一歩が世紀の大発明の始まりになるかもしれません。