家庭に必ずあるモノの1つで、調理に欠かせない「庖丁」。日常的に使うものだからこそ、使いやすいものやお気に入りのものを選びたい。そんな人達に絶大なる支持を集めている庖丁工房が、「鍛冶のまち」新潟県三条市にあります。
そこは「株式会社タダフサ」。昭和23年の創業以来、続けてきた1丁1丁全ての工程を職人の手作業で行うというこだわりと高い技術力を評価され、国内外からの絶大なる支持と共にグッドデザイン賞・中小企業長官賞など数々の賞も受賞しています。
今回は株式会社タダフサの曽根忠幸社長に庖丁のブランドとしてここまで成長された背景や、会社としての取り組みを伺いました。
―タダフサさんの庖丁は日本だけではなく海外でも人気ですが、そんなにも評判になるきっかけって何だったのですか?
曽根社長:3年半ほど前にタダフサのリブランディングをかけたことです。それまでは問屋に向けて卸すことがメインだったのですが、高齢化によって問屋が少なくなることがわかっていたので、売る力をつけなければいけない、と思って直接消費者に向けても売っていく戦略に切り替えました。
その一歩として、扱う庖丁の種類を少なくしたのです。以前まではカタログ上で300種類を扱っていたのですが、現在は60種類になっています。
―どんどん売り出していく方針に対して、種類を減らしたのはなぜですか?
曽根社長:やっぱり、売る店舗側も種類が多すぎるとわからないんですよね。お客さんも庖丁にそこまで豊富な種類を求めているかと言えば、そうではない。ここに作り手と、売り手のギャップがあるんです。
その他にも、庖丁は男目線で作られているんです。なぜならシェフには男性が多いから、かっこ良く、鋭さをアピールしがちな製品が多い。でも、一般家庭では女性に使われることが多いですよね。だから庖丁工房タダフサは丸く、持ち手をやさしい手触りにすることで、女性に受け入れてもらえる設計にしました。誰がいつ買うのかのシーンを想定した結果です。
―お客さまの本質的なニーズを探った結果なのですね。種類をしぼるのも勇気がいることだったのではないですか?
曽根社長:そうですね。持っている技術って見せたくなるんですけど、それは一般のお客様には必要ないことだと気が付きました。
―絞ることで、どう変化しましたか?
社長:「基本の3本」「次の1本」という7種類の庖丁ブランドを作ったのですが、特に「基本の3本」が爆発的に売れています。一般のご家庭ではこれだけで十分なんですよ。
上から、「パン切り庖丁」、幅広く調理に向いている「三徳庖丁」、大きな庖丁では難しい細かい作業ができる「ペティナイフ」。この3本さえあれば一般家庭では事足ります。
もちろん、その他にも別の要望がありますが、「次の1本」の4本でほとんどの場合は対応できますし、特別なオーダーには基本の型にアレンジを加えてご希望にこたえることにしています。またお客様からオーダーがあった場合にも、その商品が消費者にニーズが無いと思ったら正直にそのことを伝えます。実経験から言っているので、説得力があるようで聞いてもらえることが多いですね。
―消費者のニーズを知ることでオーダーに答えるだけではなくて、ご提案できるようになったのは非常に強いですね。
曽根社長:そうですね。無理な注文も受けないようにしているんです。うちでしっかり品質を守って作れる量を引き受けています。今では卸すのに1年待ちをお願いしているものもあります。
タダフサ工房の「現場」
曽根社長に庖丁をつくる過程や、2015年10月にできたばかりのファクトリーショップをご案内していただきました!
曽根社長:こちらは材料の板から、庖丁の形に型抜きをしているところです。
鍛造の機械です。この機械で材料を叩くと金属の組織が密になり、より強い鋼になります。また強度を加えると同時に形も整えます。
鍛造によって、左側の四角の金属が、右側のような庖丁の形になります。
うちでつくる庖丁は工業製品ではないので、1丁1丁同じものはできないんです。鋼や鉄のバランス等いろいろな条件で、曲りなどにばらつきが出ます。その微妙な曲りなどは職人の眼でチェックし、叩いて修正します。
ミリ単位で厚さを合わせられないこともないのですが、日常遣いならばそこまで厳密になる必要はありません。使用する時に求められるレベル感に合わせることで、適正なコストで適正な機能なものをつくっていきます。
こちらはハンドルの加工です。柄を付けてからの処理も自社で行っています。
こちらが実際に庖丁を購入可能なファクトリーショップです。
「庖丁工房タダフサ」ブランドをきっかけに足を運んできてくださった方たちに対して、ブランドイメージを崩さないような空間を意識して設計して頂きました。
刃の部分の「金属」、持ち手の「木」、パッケージの「段ボール」をメインにつかっています。
こちらが「庖丁工房タダフサ」のパッケージ。前述の通り、段ボールが素材です。
クラフト感を出すと同時に研ぎ直しの際に、パッケージを通い箱にして送っていただけるように意識してデザインしてあります。
開けるとこのような感じです。説明書は「庖丁問診表という名称にして、普通に説明書だと読もうと思いませんが「お、なんだ?」と興味をそそることを目的にしています。タダフサの庖丁には、アフターケアとして研ぎ直しサービスを行っています。庖丁問診表には、料金や利用方法などに必要な案内を全て明記してあります。
ギャラリーの前にあるテーブルは、まな板と同じ素材です。この場で試し切りが可能です。
こちらは2階のギャラリー。今後キッチンを設置しワークショップを開いたりして人が集まるコミュニティスペースにしようと準備しています。
今はまだ整えている最中なのですが、創業以来、代々つくってきた珍しい庖丁を展示しています。現在では作る事もなく見る機会もない包丁ばかりなので、解説するとお客さんが面白がってくれますね。
代々引き継がれる工房
曽根社長:工場の外壁はファクトリーショップをつくるタイミングで今年塗り替えたんです。実は、塗りかえる前は青色で、なんでこんな色にしたんだろう…ってずっと思っていたんですよ(笑)前社長が決めたんですけど。だからいざ、外壁の色を決める時になって、ふと『自分も息子に同じことを思われるのかな…』と思ったので、工場の外壁の色は小学生の息子に決めさせました。
―え、息子さんが!
曽根社長:コーポレートカラーがブラウンなので、その中で選んでもらいました。タダフサを代々受け継いで欲しいので、自分だけではなく、後世を担う息子にも何か関わりを持ってほしかったんです。
今では息子が友達に「うちの工場かっこいいだろ~」って自慢しています(笑)選ばせて本当に良かったって思います。
―お話を伺っていて、タダフサを世代を越えて引き継いでいこう、とお考えでいる気概を感じました。
曽根社長:そうですね。社員は60歳まで、責任を持って雇用することを考えていますが、希望があれば70歳まで働いてもらおうと思っています。ここ数年は、20代と30代の若い人材も増えていて、若い世代だけで社員の半分を占めるようになりました。しかし技術の継承がまだまだうまくいっていない部分もあるのでベテランの職人を再雇用して、技術の継承がうまくいくように取り組んでいます。
―その他に技術の継承で上手くいくように工夫している点などありますか?
曽根社長:職人の世界なので、若いうちは仕事の評価がなかなかしづらいのが現実ですが技術を学ぼうという意欲のある職人がきちんとした形で評価されるように人事制度なども整えているところです。社員が気持ちよく働けるように仕組み作りも変えています。
また次世代の職人となるべき地元の子供たちへの教育にも積極的に取り組んでいます。三条市の社会科の校外学習では年に10校ほど、小学校3年生約300人の工場見学を受け入れて、地元の産業である庖丁づくりを教えています。子供たちから感想文なども頂くのですが「将来タダフサで働きたい」と書いてくれる子供たちも多く、次世代につないでいこうという思いが伝わっているのかなと嬉しくなります。
―タダフサ庖丁工房の社員や職人の“カラ―”ってありますか?
曽根社長:最近様々な方面から新規のお問い合わせが多いのですが、内容的に難しい部分があったり、工場がフル稼働でかなり忙しい状況だったりする中で、私の方が躊躇してしまう仕事の依頼に対しても、工場長をはじめ職人みんなに相談すると、面白い!やろう!と言ってやろうとするんです。
前向きに取り組もうという職人が多いことは、タダフサの誇りですね。タダフサの職人はみんなものづくりが好きな職人なので、やって出来ない事はないという気持ちなんです。
世代を越えて存続するためには、良い製品をつくるだけではだめです。
良い製品を作る事は当たり前のことで、次の世代を巻き込むこと。社員を大切にする組織であること。タダフサから生まれるコミュニティを育てること。そして新しい事にもチャレンジする事。これらの要素があってこそ、良い形で存続し続けられるのだと思います。
そして職人ってかっこいいなって思った子供たちが将来タダフサで働いてくれたらすごくうれしいですね。
―世代を越えて代々受け継がれてきたタダフサは、伝統的な製品へのこだわりを大切にしつつも変わることを恐れません。
技術の向上のみではなく、人を受け入れてより良い関係を築こうとしているからこそ、今日のようにたくさんの人に支持される庖丁をつくり続けられるのだと感じました。
■タダフサ株式会社
ホームページ:http://www.tadafusa.com/
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