人があっと驚き、心惹かれる作品を生み出す「デザイナー」という仕事に、憧れを抱いたことはありませんか?
そんなデザインの世界において、常にトップをリードしてきた日本デザインセンター。1964年の東京オリンピックの際には、ポスターやロゴマークなど、一連のデザイン制作に協力した歴史と実績を持った組織です。/M編集部が今回インタビューを行った日本デザインセンター、三澤デザイン研究室室長の三澤遥さんは、そんな由緒ある組織にあって30代前半の若さでデザイナーとしての部屋を開設した、活躍中のデザイナー。
2016年に台湾で開催された個展「waterscape 水中風景」に結実した、感性とロジックを繋ぐデザインのお仕事についてお話を伺ってきました。
三澤 遥(ミサワ ハルカ)さんプロフィール
武蔵野美術大学工芸工業デザイン学科卒業。デザインオフィスnendoを経て、09年より日本デザインセンター原デザイン研究所に所属。14年7月より三澤デザイン研究室として活動開始。主な仕事に、KITTE 丸の内のVIとエントランスサイン、TAKEO PAPER SHOW 2014「SUBTLE」への出品作「紙の花/紙の飛行体」、上野動物園「UENO PLANET」の告知物などがある。
台湾での展覧会開催と、「waterscape」のデザイン意図
ー先日、台湾で開催された三澤さんの個展「waterscape 水中風景」には、大変多くの人が訪れたと伺っています。本日はまず、この展覧会のお話からお聞かせいただきたいと思います。
三澤:ありがとうございます。今回の個展は、台湾で新たにオープンしたギャラリーのこけら落としとして開かれたこともあり、どれくらいのお客さんがいらっしゃるのかも含めて、本当に分からないことばかりでスタートしました。最終的には20代から30代の若い方を中心に、4000人もの方が来場してくださったのはとても嬉しかったですね。
ー台湾での展覧会と日本での展覧会で、違いを感じることはありましたか?
三澤:展覧会の宣伝のために、意欲的にSNSを活用していた点で台湾と日本の違いを感じました。ギャラリーのオーナーが展覧会ごとにfacebookページやInstagramのアカウントを作って、準備から当日の様子まで頻繁に更新してくださったので、これが集客につながったのだと思います。
台湾はSNSを活用してファンを獲得する意識が非常に高く、また頻繁に更新するのは一般的なことだそうです。そして、展覧会に来られるお客様も凄く勉強熱心でした。知識を吸収しようとする熱意が凄まじかったですね。
―ファンを獲得しようとする意識の違い、来客者の姿勢の違いなど、比べてみると面白いですね。今回の個展で展示されたのは、2015年のデザインギャラリー1953企画展にも出品された「waterscape」シリーズですが、水槽のなかにユニークな構造を作り出すというデザインの意図を教えてください。
三澤:20センチメートル角の水槽の中に3Dプリンターや、型抜き、吹きガラスなどを用いて作成したものを沈めているのですが、あくまでもさりげなく、さらっとしているけれどすごく丁寧につくりこまれているよう見えるようにしたくて。アクリルやナイロンといった自然に存在しない異質な素材までもが生き物と馴染み、更に日常的な「水中」の概念がちょっとおかしく見えたりすることも狙っています。
そのためにも、水中でそれぞれの素材が生き物に害を及ぼさないかはもちろん、生物が私のデザインした環境を楽しんでくれるかを確かめるために、ひたすら実験を繰り返しました。
ー展示された作品のご紹介をお願いいたします。
三澤:こちらは浮力と重力の関係をもとに、水槽の中にガラスの球体を浮かべています。
球体の位置は引っ張っている糸で調整していて、砂が敷き詰めてあるので目には見えませんが、糸の先にある吸盤によって水槽の底に固定されています。
魚は水草を食べることで生命を維持することができ、植物は空気が水中内に滞留して外気よりも温度が上がり温室効果が生まれることで安定して育つことができます。これらの要素が水槽内であることで、魚も植物も安定して育つ環境になっています。
私はこの作品において、水槽内の生育条件をミニマルに表現しながらも生物たちにとって心地良い環境をつくるという課題を自分に課しました。最初は複雑なものでも、引き算を繰り返していって極力シンプルなものにするということが自分のデザインの特徴だと思っています。
三澤:この水槽の中の白い構造は、ナイロン樹脂でできています。元となっている構造はボロノイ図と呼ばれるもので、水と洗剤を容器に入れて振ったときにできる、泡や膜などの構造と同じ規則性で成り立っています。そんな自然からできている幾何学的なデザインを魚にとって自然で日常的な生活空間として表現しようと考えました。具体的には、網目の密度の高い部分と低い部分を用意することによって、小さな魚が石の隙間に逃げ込むような自然界での環境を再現しています。
この構造は浮力がある水中では形を維持できていますが、空気中では重力によって折れてしまいます。それほど繊細なのですが、重力に負けて折れてしまったとしても、私は作品として不完全なものになるとはとらえていません。
空気中では壊れてしまうものが水中で成り立つという作品の見せ方があってもいいのではと思いました。
三澤:こちらは不思議な形を持った作品ですが、水中のツリー型の構造がエビが小休憩をする場所になっています。
エビを学生時代に飼っていた経験から知ったのですが、エビが一定のスパンで水面まで上がり息継ぎをして、また水中に戻る動作を“エアレーション”と呼びます。このような構造をつくれば、途中にある止まり木で休むのではと考えました。
三澤:上の作品が「地面から出たツリー上の構造」であるのに対して、こちらは「地面の下に根を伸ばす構造」をイメージしてつくりました。
ヒヤシンスや浮き草のように、水中で根が放射線状に伸びる植物は、魚たちの縄張りを作り出します。そんな自然界で当たり前に魚が行っているゾーニングの習性を、水槽の中で再現しています。
「アート」と「デザイン」の境界
―ありがとうございました。魚が住む新しい環境づくりをデザインを通じて提案されているのが非常に新鮮でした。そもそも、今回の表現手段として水槽を選んだ理由を伺ってもよろしいでしょうか。
三澤:小学校のときからずっと魚が好きで、小さい頃から魚の稚魚やめだかを育てていました。今回のwaterscapeに関しても、DMMさんやJMCさんといった3Dプリンターの出力メーカーにご相談させていただいて、3Dプリンターで作った構造を水中に沈めた時の魚の反応を観察するなど、試作と実験を繰り返しました。その時に感じた面白さが今に活きていますね。
―先ほどのお話にもあった、「デザインを綿密に作り込みながら、あくまで自然に存在するかのように見せたい」という想いは、三澤さんご自身の観察の経験から生まれたものだったのですね。
三澤:人をはっとさせたい気持ちもあるのですが、生き物の住む環境である水槽としては自然であってほしいと思っています。魚は住む環境に対して非常にデリケートな生き物だと、幼い頃からの経験を通して分かっていたので、そこに賭けました。
―ほぼ全ての水槽を20センチメートル角のものにしているとのことですが、水槽をこの大きさに定めた理由をお聞かせください。
三澤:これは制約として自ら決めました。私はアーティストではなくデザイナーなので、制約があった方が物事を考えやすかったです。その制約の中でできることについて、背伸びをせずに挑戦できました。また、アート作品で終わってしまわないよう、「どうしてこれを作ったのか」、「どういう仕組みでできているのか」などについて解説を添えています。
―アートとデザインの違いはどこにあるのでしょうか?
三澤:デザインがアートと違うのは、作品について説明ができるという点にあります。アートは説明ができないというか、必要としていないのかもしれません。一方でデザインは「設計」という言葉がありますし、狙いを明らかにしたうえで冷静に、したたかにやっている感覚がありますね。そういった狙いを何事もなかったかのように見せる、試行錯誤を繰り返して成り立つかどうかを考えていくのがデザインなんだと思います。
―これから挑戦してみたいことはありますか?
三澤:今後は1年に1回は展覧会というかたちで、自分から新しいものを提案する場を設けようと思っています。「こういうことがデザインで叶えられたら」、「こういう仕事があったら」ということを作っていきたいと考えた最初の1つ目が、水槽だったんです。
ーそのためのアイデアはどのように生まれているのでしょうか?
三澤:アイデアは、常に自分に身近なことを観察しながら温めています。私は日常的に思ったことや感じたことを作品にすることが多いですし、ずっと温めていたアイデアであればあるほど、誰かを驚かせたり感動させたりできるように思います。もちろん一瞬で考える局面もありますが、しばらくの間、そのアイデアが面白いのかどうか自分に対して問いかけ続けます。その上で、どうしても作りたいという情熱を持ったものを展覧会で提案していきたいです。
■編集後記
デザインの楽しさについて「デザインは予想を超えることも失敗することもありますし、ゴールに向けて自ら出題と回答を繰り返し行っていくのが楽しくもあり、面白いです」と語っていた三澤さん。幼い頃より興味を持っていた水槽について、3Dプリンターを含めさまざまな技術を表現手段として用いながら何度も試行錯誤を繰り返した上で、シンプルで洗練された作品が完成しています。
三澤さんがデザイナーとして温め続けるアイデアが今後、どのような作品を生み出すのか注目していきたいですね。
三澤デザイン研究室:http://misawa.ndc.co.jp/
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