アート専門の通訳・翻訳を行う活動団体「Art Translators Collective」のメンバーによるリレーコラム。さまざまな国や文化をまたいで活動してきた経験を活かし、グローバルな視点からものづくりの面白さをお伝えします。
「プレイ・ジュエリー ウェア・アーキテクチャー-建築を通してジュエリーを考える-」 (PLACE) by method(東京)、2015年、展示風景、Photo by Ryuji Nakamura, Courtesy of the artist
ドイツと日本に拠点を置くコンテポラリージュエリーアーティストのスーザン・ピーチさん。自らのデザインしたジュエリーの展示と並行して、1997年にSCHMUCK2(シュムックツヴァイ)を立ち上げて以来、単なるモノとしてのジュエリーの枠組みを軽やかに飛び越え、さまざまな分野とのコラボレーションを通して現代におけるジュエリーのあり方を問い直してきました。その活動は展覧会、パフォーマンス、出版物、ワークショップなど多岐に渡り、まさにコンテンポラリージュエリーの分野を先導しているようにも映ります。
Robots、2001年、イソマルト(代替甘味料)、Photo by by Udo Rathke、Courtesy of Susan Pietzsch
Kawaridama、2007年、砂糖、Photo by Shintaro Imai、Courtesy of Susan Pietzsch
キャリアの初期は、インドの家庭で使われる輪ゴム、日本やドイツのお菓子などを用いてジュエリーを製作。2008年にはアーティスト、デザイナーと共に持ち主の人格を表す社会的なシンボル、また時代の流行りやスタイルを体現するモノとしての「自動車」をテーマにした「reloaded」展を企画。
「reloaded: creative strategies on cars」、バート・ドーベラン / ヘイリゲンダム(ドイツ)、2008年、展示風景、Photo by Valentina Seidel、Courtesy of the artists
2012年にはクンストラーハウス・ルーカス(ドイツ)からの招聘を受け、「ジュエリー・ハイパーリアル-ジュエリーはいかにしてハイパーリアリティへ移行できるか」というテーマで2週間のリサーチを実施し、後に同タイトルの展覧会も開催。この問いは、「ジュエリーの目的は―現実ではなく―イメージになることだけであり、その意味では、実際に作られなくても存在することができる」「ジュエリーは、素材と手仕事の領域を超越すべき」といったデザイナー、マルティ・ギセによる主張が出発点となっています。
「ジュエリー・ハイパーリアル-ジュエリーはいかにしてハイパーリアリティへ移行できるか」studio J(大阪)、2014年、展示風景、Photo by studio J、Courtesy of the artists
2015年には東京都庭園美術館で行われた「オットー・クンツリ展」のサテライトプログラムとして日本でのコンテポラリージュエリーの理解を促すことを目的とした「プレイ・ジュエリー-よそおう、つくる、かんがえる」を企画。その一環として、建築家の永山祐子、中村竜治を迎え、ジュエリーと建築の共通点を見出す試みとしての展覧会も開催しています。
「プレイ・ジュエリー-よそおう、つくる、かんがえる」(東京都庭園美術館「オットー・クンツリ展」サテライト・プログラム)フライヤー、Design by The Simple Society、Courtesy of Schmuck2
好奇心と遊び心に導かれ、活動を続けてきたピーチさんの思想について話しを聞きました。
「私にとってのジュエリーは、単なる指輪やブローチを指しているわけではありません。ジュエリーは私たちの社会の至るところに偏在しています」。そう語るピーチさんにとっての「ジュエリー」は、身体と文化的、政治的、社会的現象の結節点でもあります。コラボレーションにこだわるのは、他分野の違った視点を通してジュエリーについて新しいアイデアを得るため。作品は、他分野との対話を通して、ジュエリーの可能性や異なる側面を逆照射するものとして捉えられます。ピーチさんは、そうした自身の活動はアーティストや研究者の実践に近いと語っていました。
ピーチさんのジュエリーへの関心は、「コミュニケーションツール」としての側面にあります。「それは自分との対話、また複数の他者との対話かもしれません。また、ジュエリーはアイデンティティーを形成するものであります。この点においてジュエリーは大きな可能性を秘めていると思うのです。」
しかし、ピーチさんの活動は、必ずしもジュエリーに対してひとつの答えを見出そうとするものでありません。「ものごとに普遍的な意味を見出すことは必ずしも面白いことではありません。私の活動はむしろ、自分が面白いと思えるトピックを見つけ出し、それを掘り下げていくものです。」
取材に応じるスーザン・ピーチさん
その姿勢からはコンテポラリージュエリーの分野を広げていこうとする、ピーチさんの野心が垣間見られます。「それは私のさまざまな分野への興味・関心を反映しているのかもしれません。興味を持った分野があれば、それとジュエリーをつなげる方法を模索します。私はジュエリーという分野に深く腰を据えているわけではありません。ジュエリーという枠組みには退屈してしまうことがあるのです。私の一番の関心事は、ジュエリーという分野の閉じられた枠組みを壊し、そこからいかに飛び出していくかということです。コンテポラリージュエリーとは常に何かに対して問いを投げかけ、新しいアイデアを模索し、ジュエリーを通して現実を検証することでヴィジョンを見出すものであるべきです。またそれは、社会の課題を考えることでもあります。実はこうしたことがコンテポラリージュエリーの領域で行われることはごく稀です。しかしこれこそがジュエリーにおける『コンテポラリー』な実践なのです。」
ピーチさんは現在、昨年企画した「プレイ・ジュエリー」の第二弾を準備中とのこと。次回はどんな切り口でジュエリーを捉え直すのか、目が離せません。
相磯展子(あいそ・のぶこ)
1988年生まれ。翻訳・通訳者。幼少期を米国、英国で過ごす。ネイティブレベルの英語力を活かし、書き手・話者の視点に徹底して寄り添う質の高い翻訳・通訳に定評。美術館、財団、ギャラリー、美術雑誌等の出版物の翻訳、ウェブメディア記事の執筆、イベント、ワークショップ、シンポジウム等の逐次・同時通訳や海外とのコレスポンダンスを行う。慶應義塾大学総合政策学部卒業。東京大学超域文化科学専攻表象文化論コース中退。
Art Translators Collective(アート・トランスレーターズ・コレクティブ)は、アート専門の通訳・翻訳およびそれに関連する企画の運営などを行う団体。
同時代を生きる当事者として表現者に寄り添い、単なる言葉の変換を超えた対話を実現していく翻訳・通訳を目指し活動している。
http://art-translators.com/