アート専門の通訳・翻訳を行う活動団体「Art Translators Collective」のメンバーによるリレーコラム。さまざまな国や文化をまたいで活動してきた経験を活かし、グローバルな視点からものづくりの面白さをお伝えします。
新開発のペット用リードが、あなたとペットの心もつなぐ?
香港在住のオランダ人デザイナーが提案する「ふたり」のためのライフスタイル
Danny Fang(ダニー・ファン)さんは、香港を拠点に活動するデザイナー。
自身の経験を活かして開発した犬用リード「CLIC」(クリック)は、機能性とデザイン性の両面を追求した画期的な商品として注目されています。
4月初めに東京ビックサイトで開催されたペット関連商品の展覧会「inter pets」でリードのお披露目を行っていたファンさんを取材し、彼のものづくりに対する姿勢を伺ってきました。
—まず、ファンさんのこれまでの経歴を教えて下さい。
私はオランダ出身のプロダクト・デザイナーです。ドローグデザインのメンバーとして世界的に有名なインテリア・デザイナー、マルセル・ワンダースのインテリアブランド「moooi」(モーイ)のチームリーダーとして経験を積んだあと、オランダを出て香港に来ました。
香港に仕事があったわけでも知り合いがいたわけでもないのですが、ヨーロッパのデザイン業界とは別のところで自分を試したくて、アジアの街に住んでみようと決めました。
ファンさんの飼っている犬のギズモとCLICリード
—犬のリードを作ろうと思ったきっかけは何ですか?
香港で出会った私の妻が犬を飼っていて、今では私がその犬と大の仲良しなのですが、香港のような大都市で犬と一緒に出歩くことをとても不便に感じました。
買い物をするときに犬をつないでおこうとしても適当な場所がないし、リードをしばったり巻き付けたりと手間がかかります。
リードの途中に何でも引っかけられるリング(カラビナ)が付いていたら、どこにでも犬をつなぐことができるのに!そう思ったのが全てのはじまりです。
機能的でスタイリッシュなリード「CLIC」
—どのようにして開発を進めていきましたか?
カラビナは、簡単に開閉できる部品のついた金属のリングで、登山などでよく使われるものですが、その両端にロープを取り付けられれば簡単にいろいろなところにリードをつなげられると考えました。そこでホームセンターに行き、そういったカラビナを探しましたが、売っていなかったので自分で作ることにしました。
カラビナを作っている工場に出向いて欲しい形を説明し、試作品を作ってもらいました。そのあとも試行錯誤を繰り返し、ロープのデザインや色、留め具に使う皮の素材などを吟味して、数種類のリードと首輪、名札の役割を果たすバンダナ、リードに取り付け可能なポーチなどを開発しました。
ファンさんが開発したカラビナ。カラビナの両端にロープを取り付けられるリングを付け足した。
—リードの特長を教えてください
一番の特長はやはりリードの途中に付いているカラビナです。このカラビナに持ち手の部分を引っ掛けることにより、1)簡単に犬をつなぎとめる、2)簡単にリードを短くする、ことができます。例えば私は、コーヒーショップに立ち寄ってお金を支払うとき、ちょっと携帯でメールを打ちたいとき、自分の足にリードをつないで、ギズモ(ファンさんの飼っている犬の名前)に待っていてもらいます。また「バディーリード」とつなぐことで、2匹の犬を1本のリードで散歩させることが可能になります。
首輪の部分にも工夫があります。リードの端にはトリガーフックと三つ目金具がついていて、それを使用すればA)一般的な首輪やハーネスにリードをつなぐ、B)リード本体の金具とフックを使用して首輪部分をつくる、C)首輪とリードが一体になったセミスリップリードとして使う、D)本格的なトレーニング専用の英国式スリップリードとして使う、という4通りの使い方が可能になります。三つ目金具を使用して首輪代わりに使用すれば、散歩に出歩くとき以外は首輪をつける必要がなくなるので、犬にとっても身軽で快適だと思います。
カラビナと取っ手をつないだところ。色は3種類あります。
首輪部分の様々な使い方
—香港のものづくりの現状についてはどのように感じていますか?
香港は昔から多くの人が自宅で小さな商店を営むなど、多種多様な商品やビジネスの形態があって大変興味深いです。しかし商品ブランディングやデザインとなると、工場の技術者とデザイナー、商品とデザイン、作る側と売る側の意図がうまく結びついていないことが多いように感じました。
ブランディングをするということは単にデザインをしたり製作したりするだけではなく、ライフスタイルを提案するということですから、そういう視点から物事を提案する私に、香港の方々は最初少しびっくりしたようです。
でも、工場に出向いて技術者の皆さんと話をしていると、私が想像していたものをはるかに超える製作アイディアをぽんと出してくれたり、また彼らも私の提案に驚きながらも面白がってくれたり、そういった交流のなかから生まれるひらめきが、ものづくりの一番の醍醐味だなと改めて実感することができました。私は中国語をまだ勉強中なので、会話と言ってもスケッチブックに絵を描きながらのやり取りですが、それもまた面白いです!
—ペット用品は日本でも人気で様々な商品がありますが、飼い主のオシャレのためにペットを利用しているのではないかという批判もあります。CLICリードを使ってみた犬の反応はどうですか? またそういった批判に対して何か意見がありますか?
私も、ペットを人間の装飾品のように扱う商品には賛成できません。ブランドのキャッチコピーを「ふたりのライフスタイル」としているように、ペットとの生活は人間だけのものではなく、人間と動物ふたりの関係のうえに成り立つものであると考えますので、何かを使うならそれはペットにとっても快適なものである必要があります。
CLICリードは私たちの犬には大好評ですよ!このリードを使うようになって、彼と一緒に出かけられる場所や機会が増えたので、喜んでくれていると思います。
2匹が一緒に散歩できるバディーリードに、バンダナを合わせておでかけ。首輪に取り付けられるバンダナは、鑑札をしまうポケットがついている優れものです。
—機能性だけでなく、デザインにもこだわる理由は何ですか?
自分の身の回りの物は、自分が心から大好きなものであって欲しいと強く思うからです。機能性が高くストレスなく使えることは、とても重要です。しかしどんなに便利でも、自分のライフスタイルや好みに合わないデザインだったら、心からその物を愛することができないと思います。物の機能や使いやすさだけでなく、色や形や、細かいディテールが大好きで、たとえボロボロになっても使い続けたい、と思うようなものを作っていきたいと考えています。
inter petsのブースで商品を発表するファンさん
展示会場では、常にたくさんのお客さんに囲まれながらデザインにかける熱意を語っていたファンさん。このプロジェクトは、昨年末にクラウドファンディングで商品化が実現したばかりなので、これから様々な方向に展開していきたい、と語ってくれました。
ファンさんの開発したリードはこちらのウェブサイトから入手可能。バンダナやポーチなど、機能とデザインの融合した商品を他にも多数展開しているので、是非チェックしてみてください。
世界中のあらゆる「ものづくり」の奥深さをお届けしていくArt Translators Collective によるリレーコラム。それでは、来月もお楽しみに!
田村かのこ(たむら・かのこ)
1985年東京都生まれ。アート・トランスレーター。東京藝術大学院美術研究科グローバルアートプラクティス専攻特任助教を務める傍ら、Art Translators Collective代表として活動。日英の通訳・翻訳・編集、プロジェクトの企画運営、広報などを通じて、言語にとどまらない翻訳や価値の変換/接続の可能性を探っている。2008年タフツ大学工学部土木建築科卒業、2013年東京藝術大学美術学部先端芸術表現科卒業。
Art Translators Collective(アート・トランスレーターズ・コレクティブ)は、アート専門の通訳・翻訳およびそれに関連する企画の運営などを行う団体。
同時代を生きる当事者として表現者に寄り添い、単なる言葉の変換を超えた対話を実現していく翻訳・通訳を目指し活動している。
http://art-translators.com/