東京のさまざまな場所で開かれる建築やデザインに関するイベント。ライターをしているEさんが運営しているブログ「a+e」に掲出したもののから、ものづくりと関係の深いイベントレポートをピックアップしてご紹介します。
“「大日本市博覧会」@東京ミッドタウン アトリウム”
東京ミッドタウンガレリアアトリウムにて、中川政七商店主催による「大日本市 東京博覧会」が1月13日から始まった。会期は1月17日までの5日間。
「大日本市博覧会」とは、1716年(享保元年)創業奈良の老舗である株式会社中川政七商店の創業三百周年記念事業のひとつ(同社2015年11月リリース)。
同社が掲げる「日本の工芸を元気にする!」というスローガンのもと、日本各地域の工芸を「買える」「学べる」「体験できる」期間限定イベント。東京会場を皮切りに、各地を巡回予定。
来場者を迎えるのは、昨年11月に同社が行なった記者会見で披露された、同社の創業三百周年を記念するオブジェ「新旧の鹿」。向かって左が「新」、右が「旧」という位置づけで、”温故知新”をテーマに、新旧の対比という図。
「新」の制作は、彫刻家の名和晃平氏がディレクターを務める「SANDWITCH(サンドイッチ)」。「旧」の鹿をスキャンしたデータをもとに、鉄骨とミクストメディアを素材に造形された。
対する「旧」の鹿の大元のモデルは、京都《細見美術館》所蔵の「金銅春日神鹿御正体」。本体は一刀彫、装飾として象牙べっ甲細工、鞍は漆芸鞍螺、中川政七商店創業以来の手績み手織り麻など、奈良の伝統工芸の技の数々が散りばめられた逸品。オブジェの脇に設置されたモニターで、制作過程のダイジェスト映像もみることができる。
「新旧の鹿」の後ろにたてられている金箔の屏風は、同社が松岡正剛氏が代表を務める編集工学研究所と共に「大日本市博覧会」のために制作した「日本工芸クロニクル屏風」。制作の経緯は2か月前の記者会見、さらには場内に流れている松岡氏との対談映像(および場内配布物)にて、中川政七商店第十三代が述べているが、三百周年を迎えるにあたり、まとめた社史をパネル展示するのではなく、昔からあるもの、工芸の世界をきちんと今の時代に伝えたいと、屏風絵というかたちでまとめた。日本の工芸史をビジネスモデルという切り口で読み解く構成で、大きな変革期を八つに区切り、各時代を代表する工芸品も併せて展示している。
屏風絵は石器時代から始まり、十三代中川社長いわく「自分たちの手でつくり、自分たちで使っていた」石器(奈良県出土品)も見せたあと、一気に12世紀の平泉に飛ぶ。地方の豪族のオーダーで、漆器「秀衡椀」(上の画)などの工芸品が職人によってつくられるようになり、貿易で莫大な富を築いた奥州藤原氏が栄華を極めた時代にズーム。
さらに16世紀には、千利休という”目利き”ーー今で云うプロデューサーが登場。日用品ではなく、茶の湯のためだけに「黒楽」などの茶器がつくられ、観賞と羨望の対象に。
18世紀・江戸時代には、問屋という流通業が登場。各地の工芸品が都市で流通するようになり、「産地」という概念が生まれた。明治維新後は殖産興業がおこり、ガラス問屋に代わって官営会社が「江戸切り子」を生産するようになった。
上の画はデザイナーの奥山清行氏のプロデュースで生まれた山形鋳物。屏風絵では現代を「デザイナーモデルの時代」と位置づける。
最後の曲面は、中川政七商店が未来の工芸のビジネスモデルとして掲げる「産業観光モデル」のイメージを提示。同時に、今の世は作り手と使い手の距離が離れてしまったと暗に嘆く。再び近づけるための仕掛けとして、産業と観光を融合させた施設を開設、軌道にのれば、当地を訪れた旅行者や地元の人々が、奈良晒による麻の産着を購入し、子どもに着せ、地元の寺社に参る、そんな人々の暮らしのなかに工芸が自然なかたちで溶け込んだ未来を描く。
会場では、日本の工芸の復興にかける中川政七商店十三代と、編集工学研究所松岡所長の対談映像も上映されている。
「工芸クロニクル屏風」
監修:編集工学研究所(日本の未来を将来につなぐ研究所)
屏風絵制作:善養寺ススム
屏風製作:片岡屏風店
屏風絵を読み解くだけでも知的好奇心が満たされるが、やはり「買える工芸」も楽しみたい。
地方土産の工芸品の定番として思い浮かぶのが、会津の「赤べこ」や北海道の「木彫りの熊」だろう。「今から百年後に残す郷土玩具」をコンセプトに、江戸時代の奈良名物だった鹿張子を現代風にアレンジ、誕生したのが下の画の新郷土玩具「鹿コロコロ」。
新郷土玩具はそのほか、兵庫「麦わらこけし」(上の画、下の棚)、福岡「にわか明太だるま」などもあり。
同じく創業三百周年記念として発売される「日本工芸版モノポリー」は5,000個限定で、2月17日より発売開始。本会場および神宮前5丁目にオープンした「中川政七商店 表参道店」にて先行販売中。
鹿を模した付属品のプレイヤー駒を使うもよし、場内に特設されたガチャガチャ「日本全国まめ郷土玩具」のフィギュアを使うのもまた一興。
このほか会場内には、ブランドコンサルも手掛ける中川政七商店がプロデュースした工芸品、日本各地のパートナーブランドが集まる「大日本市」や、自社ブランドである「遊 中川」「粋更kisara」「中川政七商店」などの商品が勢揃い。
キャッシャー台の前板に貼られているのは、水野学氏がデザインした三百周年記念ポスター。
「大日本市博覧会」の展示設計は、丸の内にある「中川政七商店 東京本店」など幾つかのショップデザインを手掛けているgrafが担当した。
1月17日で終了する「大日本市 東京博覧会」の後、5月に岩手、9月に長崎、10月に新潟、本社・本店がある奈良へは11月に巡回が決まっており、什器は分解して、各会場のキャパにあわせて再び組み立てられるように工夫されている。
前述のオブジェ「新旧の鹿」の対面にも物販コーナーあり。プラントハンターの西畠清順氏(そら植物園)とコラボした新ブランド「花園樹斎(かえんじゅさい)」がデビュー。
コンセプトは「”お持ち帰り”したい、日本の園芸」。日本各地の工芸と、西畠氏が世界中を旅して集めた植物を季節に応じてとりあわせて紹介することで、江戸時代に隆盛した園芸文化を現代に再構築する。
2カ所の出入口に吊り下げられているのはエアプランツ。このほかカンノンチク、サボテンなどの多肉植物。今の時期は季節植物として梅の鉢植えも。
花園樹斎」では折々の季節感を大切にするとともに、いわゆる西洋の価値観では不遇となるが、日本古来の園芸文化では珍品とされてきた植物にもスポットをあて、植物を愛でる目、まさに温故知新といえる、ものの見方を提示する(オープン前日に開催された「中川政七商店 表参道店」のプレスビューの場で西畠氏が述べていたが、氏が生業としていることと、日本各地に埋もれてきた工芸に新たな光をあて、世に広めようとする中川政七商店の姿勢には共通点があり、目指しているところは同じ。そして生み出された工芸品、植物にはストーリーが背景にある。さらには奇しくも、女性が苗を植えている姿を象形化したのが工芸の「藝」の字であるそうな)。
藍と城の鉢は、長崎の波佐見焼き。購入すると、桐の箱に入れてくれる。持ち帰りの手間や贈答品として利用してもらえるように配慮されている。
このほか軍手、新潟県燕市の銅製水差し、天然木と鉄による飾り棚もあわせて販売
“工芸と遊ぶ五日間”と題した「大日本市 東京博覧会」は、東京ミッドタウン ガレリア アトリウムにて1月17日まで。入場無料。「体験できる工芸」として、会期中はトークイベントやワークショップも開催される(別会場カンファレンスにて、有料)。